『兎の眼』灰谷健次郎

 新卒の小谷先生がクラスの口をきかない男の子、鉄三といかにして心を通わせたか、という物語。むりむり一言で言うとそうなります。が、小谷先生の周りの先生たち、鉄三と同じく塵芥処理施設の長屋に住む子ども達、鉄三のおじいさん、小谷先生の夫…のふれあいとぶつかり合いがぎゅうっと詰まっていて、くすりと笑ったり、怒ったり、涙ボロボロになったりしながら、ぐいぐいと読んでしまいました。
 ベテランでちょっと風変わりな足立先生(章タイトルに「教員ヤクザ足立先生」ってあるくらい)と、小谷先生の授業の様子が面白いです。まず、足立先生の図工と作文の授業を小谷先生が見学します。図工の時間って、こどもたちがワイワイがやがやしてしまいそうですが、そうならない、子ども達を惹き付ける足立先生の話っぷりが見事です。そして、作文の授業も、うまい作文の書けるとっておきの方法を足立先生が披露するのですが、これって本当に作文の先生が実践してそうです。さすが元教員の灰谷さん、授業の様子の描写はわくわくさせてくれます。でも、描写がわくわくするって、足立先生に「わるもんの文」と指摘された「したこと文」の巧みさの現れなんだけどなぁ…。
 小谷先生の作文の研究授業もわくわくします。やっぱり授業には「仕込み」も大事なのね。小谷先生の研究授業では授業内容に感心する以外に、心を揺さぶられることが起こります。これは読んでのお楽しみ。
 物語は決着するのではなく、これから「行くぞ!」というところで終わっていて、あの子たちどうなったかなぁ…と今日も洗濯物を干しながら、ぼーっと考えてしまいました。

おしゃべり階段 (集英社文庫(コミック版))

おしゃべり階段 (集英社文庫(コミック版))

 ところで足立先生は、『おしゃべり階段』(くらもちふさこ)の理科の立川先生を彷彿させます。生徒の本質を見抜く、学生時代の忘れられない存在になる先生って、どうしてぼさぼさ頭をバリバリかきむしりながら、おしゃれに無頓着でぼーっとさえないキャラクターになるのでしょう。。。逆に、スーツをぱりっと着て「兄貴と呼んでくれ」とかいう若いハンサムな先生は、たいがい指導力不足の責任転嫁キャラに落ちていくんですよね…わかりやすいけど、人を見た目で判断してはいけないんですよ。ほんとは。