石川達三『蒼氓』(筑摩現代文学大系30『石川達三集』より)

 さてさてこの作品名、聞いたことのある方多いと思います。なんせ第一回芥川賞受賞作品ですもの。現代文学史など習うと必ず出てくる名前です。恥ずかしながら、今まで読んだことありませんでした。
 1930年、ブラジルに移民する人々の話です。
 冒頭で、移民しようとする人たちが検査を受け、渡航の準備をするのが「国立海外移民収容所」なのですが、これは現存します。トアロードを上がってビーナスロードの方に左折し、ちょっと行ったところにあります。今は前衛芸術家なんかの拠点になっています。実は通勤で前を通るのです。今度寄ってみなくっちゃ。
 独特の描写です。主人公がいて、その人の視点で語られるのでもなく、語り手がいるでもなく、書き手はひたすらカメラを回しているという感じです。淡々として、文も短くて。しかも、一人の人間を追うのではなくて、移民しようとする人々、船に乗り込んだ人々を満遍なくカメラを回してとらえているのです。でも少しずつ少しずつカメラがとらえる時間の長くなる人物がいて、徐々にその人達をカメラは追い始めます。そして、いつしかその一家の行く末が気になるようにできているのです。
 全体をつらーっとなでるように描写しながら、徐々に対象を絞り込んでいく、そのじわじわ感と、
 雨の中、移民収容所に入り、船底で揺られ、ブラジルについて、そして…という時の流れが相まって、
 なんとも読み応えのある、そしていい読後感をもてる作品であります。
 アマゾンで調べたら文庫が新潮から出ているようですが、図書館ではなかなか本が見つかりませんでした。はまぞうにもなかったわ。