『涙』乃南アサ

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 図書館で衝動借りしてきました。また一気読みしたもんで読了は午前三時。先を知りたいという思いが情景を味わう気持ちを越えたもんだから、解説のおすぎさんが

文字通り“涙”で活字が見えなくなってしまったのです。

と書かれているラストシーンも涙出ませんでした。いや、あまりに悲惨な真相に、涙も出ませんでした。
 というか、(ここからネタバレあります)
 それまでは萄子が探して探して追いかけるのを見つめていて、萄子の悲しみを一緒に受け止めていたわけです。ところが、最後に嵐の石垣島で勝が語った真相は想像を絶するもので、勝が背負ってしまったものは、萄子が受けた悲しみよりはるにか重くてやりきれなくいということを知ってしまったたとき、その大きな不等号が私から涙を奪ったのでした。
 それにしても萄子の行動力を讃える以前に、その財力に驚いてしまいます。OL時代のお給料全部貯金してたのかしらん。無職なのに湯水のように交通・宿泊費を使うこと使うこと。勝に会ったときに備えて現地で化粧品一揃い購入したり。そういう潤沢な財産がバックについているのも、萄子と勝の不等号を大きくするのよね。
 東京オリンピック開催の年からの話なので、懐かしいものが次々出てきてそこは和みます。観音開きの足つきテレビとか、鼻のまぁるい新幹線ひかり号とか。ひかり号って一等車があったのですね(あ、グリーン車か。改名したのね)。そうそう、ビートルズも来日するし。
 それで、『氷壁』に続いてまた書いてしまうのですが、「ケータイがあったらねぇ…」と読みながらついつい思ってしまいます。今ならケータイで連絡してしまうよ、と思ってしまうということは、ちょっとしたドラマはケータイのない時代設定にしないと書けないってことになってしまいますね。すれ違えないんですもの、ケータイがあると(たまたま電池が切れたとか、持ってなかったとかなんていう言い訳は、そう何回も使えないですし)。
 ところで、乃南さんってあんまり人物描写をなさらないなぁ…と思いました。何着てどういう雰囲気で…というあたりがなんとなく少ないんです。宮部みゆきだったら、もっと書き込んで、どの登場人物ももっと印象的かつ生身に近くするんだろうなぁ…と思うとちょっと残念ですわ。韮山刑事はちょっとそんな感じ。生活感がありますよ。
 余談。ヒロインは萄子(とうこ)というのですが、「萄」が葡萄と違うことばで使われているのを初めて見たような気がします。