不思議な人

 初めて見かけたのは、さて、もう五、六年前になります。
 お友達と梅田のホテルでランチ。シックなそのホテルのランチバイキングはゆったりのんびりしてて、ついつい私たちも四時前までしゃべりこんでいたのですが…
 通路をはさんで向こう側のテーブルに、老女が一人座っていました。今でいう「おひとり様」です。その人は、バイキングのお料理をいろいろ取ってきてて、テーブルの上には数種類のお皿が。けっこうどれも山盛りです。
 数々のお料理を、その人はほんの一口ずつちぎっては口の中に入れます。もぐもぐ、ちびり、もぐもぐ…その一口の小さいこと。スズメにパンをちぎって投げてやるときの、あんなサイズです。しかも、あの料理この料理をちびちび、削りとっては食べるのです。味が気に入らないのか、ときどきちぎった一口分を、つぶしたり、こねくりまわしたりもしています。お料理をおいしそうに食べる人っていますよね。その人は、その正反対、どうやったら見ている人が食欲をなくすか考えながら食べているような感じです。
 私たちはいい加減お腹いっぱいで、コーヒーのお代わりをもらいつつしゃべり続けていたのですが、その人はずっと食べ続けていました。老女が山盛りのお皿のお料理を扱いかねているように見えるのか、ときどきウェイターさんがお皿を下げに来ます。でも、それを断って、ちびり、もぐもぐ…を繰り返しています。
 こんなに食べ続ける老女、すごくやせているのです。ガリガリの腕、色白の細長い顔、こけた頬にとがったあご、真ん中分けした白髪には脂気がなく、肩の下までのおかっぱ(ワンレングス?)にしています。ワンピースを着ていて、外見は食べ方ほども下品ではないのです。
 不思議な老女でした。
 
 その次の年でしょうか。その人にまた会ったのです。
 今度は近所のスーパーで。二階の食品売り場にいました。髪型も細さも全然変わっていません。そして、その人はあの時と同じ無表情で、そしてやっぱり食べていたのです。スーパーの中で。自分の手提げの中から何かを取りだしては、ちびり、もぐもぐ…を繰り返しています。買い物よりちびちび食べながらの散歩のようでした。
 
 月日は流れ、私は引っ越し、子供が生まれ、小学校に入り…
 この四月、友人と御影のミルフィーユで有名なケーキ屋さん*1に入りました。
 神戸らしい、バターたっぷり、フルーツてんこ盛りのミルフィーユを食べながらふと目を上げると…そこにはあの老女がいたのです。
 ずいぶん年を取っていました。ますますやせて小さくなったようです。なんだか小刻みにふるえているようです。相変わらず無表情で、白髪を真ん中分けのおかっぱにしています。そして…もう何かを食べてはいませんでした。変わりに杖をついています。ようよう立っている感じでした。
 
 そして今日、買い物の帰り、商店街を通り抜けようとして…
 また彼女に会いました。すれちがったのです。
 間違いありません。あの白いおかっぱ、細長い無表情は絶対にそうです。でも、四月にあったときから、ますます、ますますやせて、すっかりやせて、顔は青白く、目の周りのくぼみや、そげたほおが黒い、暗い陰を作っていました。そして、彼女は、電動車イスに乗っていました。振り返って見送りました。黒い服、ゆるゆる動く電動車イス…また会えるでしょうか。

*1:このお店のミルフィーユは、風味が損なわれるからということで店内でしか食べられません。どんなに近所でもTAKE OUTできないのです。